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奄美大島

昨日から、ある中学校の中3生たちが修学旅行に行っています。
旅行先は何と奄美大島。公立中学校の修学旅行もなかなかゴージャスになったものです。




私は今やもうおっさんですが、驚くことに20年前、私は高校2年生でした。
その年に、高校の修学旅行で初めて奄美大島に行ったのですが、そのときはなんと船旅でした。静岡から、奄美大島までですから、えらい船旅です。

「船旅」というと、ゴージャスな感じに聞こえますが、なんてことはない、クラス中の男子は2等船室で雑魚寝。
それを5泊ですから(就寝中に移動してくれているならまだしも、港に停泊しているときも船内で寝泊りしていました)、なかなかキツイものがありました。


随分前にも書きましたが、私が通っていた高校は脳味噌まで筋肉な人たちの巣窟でした。

そんな人たちが新幹線で移動すると、他校の生徒と必ずいざこざを起こす。だから、移動中からなにから船内に閉じ込めておこう、という高校の先生方の思惑でこんな旅行になっていたのです。

事実、夜中にトイレに行くと、鼻血を出して廊下に倒れている生徒なんかもいまして、先生方の作戦は大変大成功だったわけです。

そういえば、旅行初日は遠方で発生した台風の影響で随分揺れて、トイレには長い長い行列ができていました。もちろん、船酔いで吐くための行列です。
#しかもその日の夕飯はシチューでした。笑いました。

いやはや、こうやって文字にするとなかなか凄惨な感じになりますねえ(笑



道中はそんなでしたが、行った先の奄美大島は大変素晴らしいところでした。
おかげで今ではすっかり琉球諸島が大好きなおっさんになりました。近頃は訪れてないですけども。

さてはて、うちの生徒達は奄美大島でどんなことをして、どんなことを見てくるのでしょうか。
帰ってきたらいろいろ聞いてみたいなあ、と思っています。

少なくとも、飛行機は船よりは快適だっただろうね(笑

弁当とコミュニケーション

先日、中3の子がある高校をパンフレットを持っていました。
見れば、表紙には校庭で2~3人のグループが仲良くお弁当を食べている写真が。




私は今やもうおっさんですが、驚くことに17年前は私も高校生でした。
高校生でしたが、私には「クラスの子とお弁当を食べた」という記憶があまりありません。

私は高校3年間のうち、2年以上(確か1年の途中から卒業まで)の間、司書室(図書室の裏方さんの部屋)で毎日お昼のお弁当を食べていました。

だから、正確に言えば「2年生以降の2年間、クラスの子とお弁当を食べた」記憶がほとんどありません。そして、その2年間の始まりは、前に書いた、私の人生のターニングポイントと大体重なります。




私は高校からいやでいやで逃げ出したかった。
けれども、逃げ出すだけの勇気もなかったので、高校にいながらにして、高校の中で引きこもっていたわけです。あまり健全な状態ではありませんな。

とはいえ、当時の私としては、司書室でコソコソと食べるのも、それはそれで楽しかったりはしました。

ただ、それが原因かどうかは知りませんが、高校2年生以降のクラスの友だちってのが、私にはほとんど存在しないのも事実です。

もちろん、弁当だけが原因では無いとは思いますが、そういう昼飯時のコミュニケーションによって、交友が深まったりしそうなもんだな、と思うのです。


そんなわけで。
しょーもない理由で高校を決めると、弁当も普通に食われへんのかもなあ、なんてことをその高校のパンフレットの表紙から考えたりしてしまいました。

いやまあ、そんなこともあったよ、という程度の話ではありますが。

ターニングポイント

私は今やもうおっさんですが、驚くことに20年前は中学生でした。
その当時の話をすると喜ぶ生徒が多いので、こうやって日記のネタにでもしようと思いつきましたので、ここに書かせていただきます。



20年前、以前にも書きましたが、私はしょーもない中学生だったので、自分の人生は自分が決めるものだという意識が希薄でした。
希薄というか、正確にいえば皆無でした。

なので、自分が受ける高校は

「親友が受けるから」

という、しょーもない理由で決めました。

結果、入学式の当日、

「おれはこんな高校に3年間も通うのか」

と激しく後悔しました。

入学式に、この高校がアホの巣窟であることを初めて知ったのです。
正確に言えば、脳味噌まで筋肉な人たちの巣窟であって、巣食っていたのは単なるアホではなかったのですが、何にせよ、私が住む世界とは違う世界の人々がその高校には集まっていました。

それからというもの、私は毎朝毎朝、学校に通いながら

「後、××日で1学期が終了、×××日で1年が終了、××××日で卒業」

とカウントダウンをしていました。毎日がイヤでたまりませんでした。
自業自得とはまさにこのことですが、原因が自分にあることが分かるまでは随分日がかかりました。
なんせ、しょーもないヤツでしたから。



そんなある日、あることに気が付きました。

私が通っていた高校は、ある大学の附属高校だったので、エスカレータで大学に進学する、というのが一般的な進路でした。

つまり、

「このまま卒業しても、私の周りにいる連中は大学でもそのまま周りにいる」

という現実を、私は見過ごしていたのです。

挙句、附属上がりは、どうも大学でも「附属上がりの連中は(以下省略)」という扱いを受けているという話です。
大学受験を戦ってきた連中と、ぬるま湯につかった3年間を送った連中が、同じ教室に席を並べたとき、どうなるのか。それは考えるまでも無いことです。

『このままではいけない。ここから、この状況から脱出したい』

ぼんやり、そう思っていたとき、ある定期テスト、確か高校2年の1学期の中間テストだったと思うのですが、数学で100点を取りました。まあ、まぐれだったと思うのですが、ふとこんな考えが頭をよぎりました。

『他の大学に行けば、ここから脱出することができる』

この当たり前の事実に気が付いたときが、私の人生のターニングポイントだったように思います。



人が何かを始めるとき、

「今のままではいけない」
「今の状況から脱出したい」

という気持は、強い動機になります。

逆にいうと、現状に満足しているうちは、なかなか成長しません。
この仕事を始めて長いですが、まず例外はありませんね。

例えば、中3の2学期になって、とりたてて強い理由も無く「中学を卒業したくない」とか言っている子が、入試で良い結果をおさめることは、まあやっぱり無いですね。

勉強していたのか

昨日、保護者面談中に

「先生方は中学生時代に勉強していたんですか」

という質問をされました。私がどう回答するかは、多くの塾生は知っていると思うのですが、あえて書きます。

(回答)「していませんでした」

中学時代は、パソコンでゲームを作ることに熱中したので、はっきり言えば学校の勉強どころではありませんでした。
学校の勉強どころではありません、と言い切ってしまうのもどうかと思いますが。

当時はこんな感じのものをパソコンに入力して、ゲームを作っていました。

<こんな感じ>
100 ' エスパー診断
110 cls
120 print"***エスパー診断***"
130 print"あなたがエスパーかどうか診断いたします"
140 print"Yesなら1を、Noなら2を入力して下さい"
150 *Q1
160 input "どちらかというと気が短い";A
170 if A=1 then goto *Q2
180 if A=2 then goto *Q3
190 goto *Q1
200 *Q2
210 input "スプーン曲げができる";A
220 if A=1 then goto *ESP1
230 if A=2 then goto *NotESP
240 goto *Q2
350 *Q3
360 input "瞬間移動ができる";A
370 if A=1 then goto *ESP2
380 if A=2 then goto *NotESP
390 goto *Q3
400 *ESP1
410 print "あなたはスプーン曲げができるエスパーです。すごいね!"
420 goto *GameOver
430 *ESP2
440 print "あなたは瞬間移動ができるエスパーです。やるね!"
450 goto *GameOver
460 *NotESP
470 print "あなたはエスパーではありません。ガッカリ。"
480 goto *GameOver
490 *GameOver
500 input"もう一度しますか?";A
510 if A=1 then *Q1
520 end
<ここまで>

上のような、英語もどきと数式もどきが混ざったものを「プログラミング言語」といいます。
この言語で、コンピュータに命令するわけです。

パソコンや携帯電話でネットが見られたり、メールが読めたり、ゲームができたりしますが、これらはすべて、プログラミング言語によって書かれた命令を、コンピュータが実行しているのですね。



それはさておき、中学時代の私は

ゲームの企画・設計
プログラムの作成
テストプレイとバグつぶし
プログラミング言語の勉強
各種ゲームの研究(単にゲームをしていただけ、と言えなくも無い)

で忙しく、また、友人たちと作ったゲームの面白さを競い合ったりしていましたから、学校の勉強どころではありませんでした。

とりあえずは「自分の意志で何かに打ち込んでいた」という点だけは評価できます。
そして、その経験が後で大変役に立ったのですが、そのお話はまた後日。

ただ、過去の自分に、先人の知恵や教えを真摯に聞く態度がもう少しでもあれば、もっと違ったことになっただろうと思っています。
もう、悔やんでも悔やみきれません。

といいますか、正直なところ人の言うことなんか全然聞いていませんでしたから、他者から何かを学ぶ、ということができないしょーもないヤツでした。

もし、過去の自分が生徒として自分の前に座っていたら、まず間違いなくどつき倒してます。
しかし、人に教えを請うという発想がなかったからこそ、塾にも通わなかったのですが。しょーもない。

で。

そんなしょーもないヤツは、自分の進路のこともいい加減に考えていたので、しょーもない高校に入学することになりました。
そして、3年間、後悔の海の中で窒息しそうな高校生活を送ることになったのですが、これもまた後日の話ということで。

塾長の北風が本を出しました。

2冊目が出ました。


1冊目はこちら。


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さくらい@新風館

Author:さくらい@新風館
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