見た目と能力

『人を見た目で判断してはいけません』

とは言いますが、第一印象というものは見た目で判断されることが多いのもまた事実です。
実際、接する時間が短かった場合は見た目くらいでしか判断ができないことも多いわけでして、だから、私は仕事中にスーツを着ているわけです。

いや、私のことはどうでもよくて。

社会生活で「見た目判断」が許されるのは、まあ、初対面とか、付き合ってまだ時間が経っていない時まででしょう。
それ以降も「見た目判断」を続ける人は、「見る目が無い人」と判断されるし、度が過ぎれば「人としてどうか」といった批判も受けるでしょう。そりゃそうだ。

あくまでも判断は「その人が求められている能力」に対してすべきであって、それ以外の判断をするのは、フェアではないからね。

だから、見た目=能力となるモデルさんとかは見た目で判断されても仕方が無いけれど、その他の場合はそういうことを言っちゃあいけないわけです。


そんなことは分かっていながらも、中高生はよく学校の先生を「見た目で判断」しがちであります。「あの先生きしょい」とかね。

それが「若さ」と言ってしまえばそれまでですが、それは、なんとももったいない話です。それを克服するのも、また、ひとつの勉強なんですよ。

特に高校生以上にもなってそんなこと言ったら、ちょっと恥ずかしいね。いや、ちょっとじゃなくて、かなりかも。

メールと時間

中高生の携帯メアドは消耗品?

<引用>
中高生の約半数が携帯電話用メールアドレスを1年に複数回変更しており、その理由は「なんとなく飽きたから」が最多
<ここまで>

ここ何年かの子どもたちを見ていると、どうもそうみたいですよ。
軽いリセットなんでしょうね。きっと。

で。

<引用>
1日のメール受信数は「41通以上」が最多で30%。次に「11~20通」(19%)「6~10通」(18%)、「21~30通」(15%)、「1~5通」(10%)、「31~40通」(8%)と続いた。
<ここまで>

ここで、ちょいと計算を。
一日50通メールが来て、1通読むのに1分かかったとしましょう。
さらに、半分の25通に返事を出して、1通返事を書くのに3分かかったとすると

50×1+25×3=125分!

なんと2時間以上もメール「だけ」で使うことに!!

・・・そりゃ勉強とかする時間ないわなあ。困ったなあ。
やっぱり電話でいいじゃない。速いし。

惑星ぜんぶ

日没直後、西空に水星と金星=6月1日から観測呼び掛け-国立天文台

<引用>
水星と金星を肉眼や望遠鏡、双眼鏡で観測してもらい、結果と観測日時、場所などをインターネットで報告してもらう。この時期には土星も近くに見えるほか、夜が更けると反対側の東の空に木星、火星、天王星、海王星も出現する。
<ここまで>

そして、「内惑星ウィーク」キャンペーンによると、

<引用>
 今回のキャンペーン対象である水星、金星のそばには土星が見えています。夜9時過ぎには、木星、さらに夜半過ぎまで待つと、火星、天王星、海王星も東の空から姿を現します。
<ここまで>

とのこと。
ただ、さすがに天王星と海王星を見るには望遠鏡が必要だそうですが、こんなに一度に見られる機会があるもんなんだねえ。


ちなみに。
中学生はこのページをよく読んでおくのが良いと思う。

テスト対策

中間テストまで一週間をきったというのに、中3の出席率がヤバいことに。
修学旅行の次の日、ということを差し引いても、これはちょっと・・・。


気合が足りません。ダメねえ。

継続は力なりよ

昔から「継続は力なり」と申します。突然ですが。

何事も続けることが大事なのですよ、ということなのですが、何せ計算が苦手な子も多いことですから、今回はひとつ計算をしてみます。

毎日何かを5分だけしたとします。
勉強でも、読書でも、筋トレでもいいです。

そうすると、ひと月(30日)で

5分×30日=150分=2時間30分やることになります。

そうなると1年で、

2時間30分×12ヶ月=30時間やることになります。
#正確には30時間と25分ですが、5日はさぼったことにしましょう。

30時間ぶっ通しで何かをすることは不可能ですが、1年かけてよいのであれば、1日5分で良いわけです。そして逆に、1日たったの5分しかやらなかったとしても、毎日続ければ1年で30時間分もやることになるわけです。

これが、継続の力です。

次はもう少し頑張って、1日15分やったとします。
そうすると、さっきのの3倍の30×3=90時間もできるわけですね。

では、90時間とはどのくらいの時間か考えてみましょう。

例年ですと、中学3年生の夏期講習は、

午後1時~午後5時までの授業を毎日行うことになっています。
毎日50分×4コマ=200分の授業を行うわけです。
これを20日間行うわけですから、200分×20日=4000分=66.6時間。
まあ、夏休みは補習だなんだで残る場合も多いので、中3生は夏休みの間、80時間くらいは新風館で勉強することになるでしょう。

いや、大変な量ですね。

でも、夏の間だけ必死に頑張っても、毎日15分を1年続けた方が時間としては長いわけです。


これが、継続の力なんですよ。
新風館生は、ゆめゆめ忘れることなきように。

お香

070523Okou.jpg

いい香りがする塾っていうのもなかなか良いんじゃないかと思って、お香を置いてみてもらいました。

いいねえ。

テスト

私は「点取り虫」とか「受験馬鹿」は嫌いです。
偉い人はテストで点を取るものです。でも、「テストで点を取ったから偉い」とは思いません。

テスト期間が近い(高校生は期間中だね)今だからこそ、あえて言います。

テストで良い点を取って、良い高校・大学に行けば、それで人生が開けるわけではありません。
テストで良い点を取っていれば、まともな大人になれるわけではありません。

頭の中が「勉強」で一杯になるのは全く構わないけれど、「テスト」で一杯になってはいかんのです。


でも、テストで結果を出さなくてはいけない。
実力にふさわしい結果を出さなければいけない。
だって、怠惰はどんな理由があろうとも許されることではないからね。

テストに振り回されすぎず、でも、テストには全力を注ぎ、結果を出す。
そういうことができるのが「本当にできる人」なんですよ。

がんばれ。
そして、土曜日は頑張ろう。

規制と使命

「映画見て殺す気に」 ホラーDVD押収

悪魔崇拝ロッカー好き 会津の母殺害高3

こういうことになると、やれ

「ホラー映画が悪い」
「そっち系の音楽が悪い」
「残酷なシーンがあるゲーム(漫画)が悪い」
「テレビが悪い」

などなど、こういう類の意見がどこからか必ず出てきます。
そして、その結論は「子どもに害のある~は規制すべきだ」であることがほとんどです。

まったくつまらない話だなあ、と。
本当につまらない理論だなあ、と。
人間というものをちゃんと見ていないのだなあ、と思うわけです。

人間はそんなに単純な生き物ではありません。
そういう「モノ」たちに、問題の本質的な原因はありません。
問題の根本はもっと深いところにあるはずなのです。
#もちろん、こういったものが「全く悪くない」とは思いませんけどね。

原因を「モノ」のせいにして簡単に済ませるのは、それは人間に対する冒涜ってやつです。きっと。



こういうときに「規制しろ!」と声高に叫ぶのは、

「おれはこういうものに影響されやすい人間だ!きっと他の人も同じだ!だから規制しろ!」

と言っているように聞こえます。少なくとも私には。

私は規制されるは嫌いです。というか、好きな人はあんまりいない。
規制される前に、自分で判断し行動できる人が増えないといけない。

そういう人を増やすことも、新風館の使命のひとつだと考えている今日このごろです。

新風館トランプリーグ【第1節】

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新風館トランプリーグ【第1節】終了~。

なかなか盛り上がりましたよ。次回も楽しみですねえ。

さそり座と木星

ただいま、さそり座の「アンタレス」と木星が見頃です。

深夜、南の空を見るとやたらと明るい星と、明るい赤っぽい星が見えるはずです。やたら明るい方が木星で、赤いほうがアンタレスです。
神戸だとさそりの本体はちょっと見えなかったですね。残念。

このページ(猪名川天文台)や、このページ(Yahoo!きっず星空)などが参考になるかと思いますよ。

決意と世の中

今週はひどい事件が多い、悲惨な週でした。

こんな時代の大人として、できることをきちんとやろうと、まともな世の中になるようにがんばろうと、固く決意した次第でございます。

別に私一人ががんばったところで何にも変わらないかもしれない。
けれど、だからといって一人一人ががんばらなければ何も変わらないのだから。

・・・なんかあたりまえすぎて面白みがない内容ですが、あたりまえのことをあたりまえやるのが、これまた難しいんですよ。ええ。

宇宙へ

東大阪・中小企業の技術結集「まいど1号」 来夏打ち上げ

「まいど1号」は昔CMにもなっていましたね。
CMを見たときは「おもしろそうなことをやってはるなあ」くらいにしか思いませんでしたが、ついに宇宙へ行く日が来たのですね。いや、大変にめでたい。

まいど1号のオフィシャルはコチラ

「手がとどく、宇宙」というのは、本当に良いキャッチコピーだと思いました。


是非、打ち上げにも成功してほしいものです。頼むよJAXA。

まとまりません

会津若松の頭部切断事件(Yahoo!ニュースへのリンク)

とにもかくにも、亡くなったお母さんのご冥福をお祈りいたします。



会津若松の母殺害:「生徒の心、深い闇だ」 県は緊急対策会議

<引用>
「生徒の心はうかがい知れない深い闇だ」。県教委の野地陽一教育長は、あまりにもショッキングな事件に、思わずこう漏らした。
<ここまで>

教育に携わる人間は、そういう闇の中に恐れず入っていかなければならないときもあるわけです。
というか、人の心に闇があるのは当然だから、事件が起きた後に改まって言うことでもなかろうて。

ただ、その闇を放置しすぎてしまったのだろうね。
誰がって、それは、彼の周りの全ての大人でしょう。



『親に異常に甘えているが故に、親に暴力をふるう』

よく聞く話です。残念ながら。

だから、この事件を最初に知ったとき「ああ、そういうこともあるだろうな」と。
いや、この事件の実際のところはどうなのかは全く分からないので、滅多なことはいえませんが。



新風館に通っている生徒には「恩知らず」「恥知らず」な人間にはなってほしくない。
強くそう思っています。「恩知らず」で「恥知らず」なことは、人として絶対にいけないことだから。

そして、人は誰かに「恩」と「恥」を教えてもらわないと、それを身につけることはありませんから、それらを教えるのは、大人の大事な役割だと思うのです。

「恩」も「恥」も知らない人間は、どんなことでもしでかす。私はそう思います。



教育に携わっていて、かつ、こういう日記を書いている人間のひとりとして、思うことを書いてみようとしましたが、大変に難しい。

結局、何も書けてない感じで、こんちくしょうって感じです。ちくしょう。

失敗から

生きていれば、人間は必ず失敗をするわけです。突然ですが。

失敗について、とても良いことが書いてある記事がありましたので、紹介しておきます。

この記事です。(島国大和のド畜生内)

人は必ず失敗をするわけです。残念ながら。
ただ、「ああ、やっちまった」「しくった」だけで済ませてしまっては、失敗に何の意味も無くなってしまう。

失敗をしたときに、

・自分のどこがいけなかったのか
・次はどうすべきか

と考えられるか否か。
失敗という目を背けたくなる事実をまともに見られるかどうか。

できない人は、また同じ失敗をするわけです。
そして、同じ失敗を続ける人に対して、社会は割と厳しい。

それを忘れちゃあいかんな、と失敗続きの私は思うわけです。反省。

中間テスト対策

5月26日(土)に、中間テスト対策を行います。

中3は13:00~16:00
中1・2は18:30~21:30

です。

参加は自由です。塾外生の方も自由です。
しかも、無料です。是非、ふるってご参加くださいませ。

日が近づきましたら、また改めてここに詳細を書かせていただきます。

小遣いと成長

今の中学生のほとんどは、だいたい毎回ジュースとお菓子を隣のミニコープで買ってから塾に来ています。

基本的に教室内は食事は禁止なのですが、休み時間にお菓子を食べるくらいは、まあいいじゃないかと思い、それについてとやかく言ったことはありません。

が、しかし。

私が中学生だったとき。

ジュースというものは贅沢品だったなあ、と思うわけです。
月のお小遣いが3000円やそこらなのに、一本100円もするジュースなんぞ、とてもとても買えなかった。お菓子ももちろんです。

小遣いをけちってけちって、欲しいものを買う。そういう小遣いスタイルでした。
その当時欲しかったものは、私の場合はゲームでした。人によってはレコードだったり、服だったりしたことでしょう。
#「レコード」というのが時代を感じますなあ。

とにかく、好きなものが、好きなときに買えなかった。

こういう状況下では、「我慢する」ということを強いられ、「計画的」にお金を使うことも強いられます。
欲しいものの金額が高ければ、計画の期間も長くなるでしょうから、「長いスパンでものを考え」なければならないし、期間が長ければ臨時の出費なんかもあるでしょうから、そういう場合に「臨機応変に対応」する必要もあるわけです。

そして何より、我慢をしなければならないという状況は、「早く大人になりたい」と思う理由のひとつになるわけです。


「」で囲ったところは、今の子供たちに決定的に足りないところだと思うのです。
もちろん、小遣いをあげないようにすれば、これらが一挙に解決するわけではありません。

しかし、小遣いひとつとってみても、そこに成長の機会があったりするわけで、これだから子育ては、教育は、大変に難しいのですねえ。

感覚

小2の3割「一つ」書けず

<引用>
「ひとつ」という書き取りの問題に「一つ」と正解できた小2は70%にとどまり、「人(つ)」や「入(つ)」などの誤答が見られた。
<ここまで>

まあ、そんなもんだろうなあ、というのが実感です。
とにかく「覚える」ということができない子が本当に増えています。

「漢字が書けないとまずいよ」
「漢字が読めないと恥ずかしいよ」

こういう当たり前のことを、当たり前だと思わない感覚。
これが、今のこどもの感覚です。

まずはそこからなんとかしないと、どうしようもならんのです。
それは、もちろん我々の仕事でもあるのですが、家庭や社会の仕事でもあります。

頑張れ、大人。

メールと日本語

メール使う人ほど日本語力低い?

<引用>
大学生の1日平均の携帯メール送受信回数と日本語の基礎学力の相関関係を調べると、送受信回数が多い学生ほど日本語テストの点数が低いという結果が出たという。
<ここまで>

だそうです。
教育の現場にいる人間の肌の感覚として、「そりゃそうだろ」と感じます。

<さらに引用>
「昔と違って電話やメールがあれば隣近所で協力し合わなくても生きていける。無理にコミュニケーションする必要がないから、知らない言葉に出くわしても『あの人の話わからない』で済ませればいい。そんな環境の変化も影響しているのではないか」
<ここまで>

「そんなん知らんし」
「知っているほうがおかしい」

こういう姿勢が「当たり前」となってしまっている子どもが、今現在、大変に多いと感じています。
だから、この分析は割と良い線を行っているかもしれませんね。


私自身は、それはもういろんな原因があると思うのですが、これまた考えがまとまらないでいます。

とりあえず、目に見える現象として「携帯電話の虜となっている人」は、かなりまずい。

それだけは間違いないと確信してはいるのですが。

メールと電話

GW中、新風館は空いていません。
だから、仕事をしていないかというと、もちろんそんなことはなくて、今もこうやって仕事をしているわけです。えらい。



先日、一部の生徒たちと携帯電話のメールでやり取りをしたとき思ったことを箇条書きで。

・やっぱり携帯電話でメールは面倒くさい。

第一、使う指が2~3本というのがもう、まずもって効率が悪い。
かといって、QWERTYキーボード(PCのキーボード)が付いているW-ZERO3[es]を使うほどメールも打たないし。

というか、電話でいいじゃない。速いし。

・質問に対する回答がかえってこない。

 問われたことに正しく答える
 聞きたいことを正確に聞く

というのは、これはなかなか高等な技術で、大人でもむつかしい。しかも、お互い面と向かって話し合った場合でも難しい場合だってある。

目の前にいる相手がいる場合でもダメなときがあるというのに、短文でやりとりすることが多い携帯電話のメールで、それができるのだろうか。

・・・至難の技だ、と私は思います。すごく難しい。

そんなわけで、電話でいいじゃない。まだ簡単だし。

・すぐに返事を求められない

電話は電話を「する側」の都合でやり取りが開始されますが、メールの場合は、メールを「受けた側」がやり取りをするかどうかの決定権を握っています。

なので、何かを通達した上でそれについて意見を求める、なんていうことをするとき、そして、それについての返事が比較的すぐに欲しいときは、メールには不向きだと思うのです。

電話でいいじゃない。すぐ返事もらえるし。



もちろん、

すぐに返事を求めないような場合もたくさんある
情報が文字として残る
言葉を慎重に選ぶことが出来る
連絡を「する側」の都合を押し付けずにすむ
文字以外の情報(絵など)も送る事が出来る

などなど、メールにも良い点がたくさんありますから、私もヘビーに利用しているわけですが、要は、使い方というやつをもうちっと考えたほうが良いよな、若者。

と思った次第です。

とかなんとか書きましたが、それでも若者は携帯でメールを使いつづけるわけで、それには大きな理由があるのです。その理由はまた今度。


#実は考えがまだまとまってない、というのはヒミツ。


塾長の北風が本を出しました。



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さくらい@新風館

Author:さくらい@新風館
新風館通信(ソフトタイプ)です

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